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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

子ども手当てについて考える

当地はピンク色や白い梅の花が満開で、春のような陽気になったかと思うと一転して冬の寒さに逆戻りするということを繰り返しています。

昨日あたりから今日にかけては、もう春だと油断して薄着になると凍えてしまうような寒さになっています。

そんな寒々とした気候以上に寒々としたニュースが幼児虐待のニュースです。

先週、奈良県と埼玉県であった虐待の末の幼児の餓死という痛ましい事件が報道されました。

埼玉県の事件は、何と私の事務所のある市内の出来事で、本当に胸の痛む事件です。

昔見た映画「フォレスト・ガンプ」の中で、主人公の幼馴染の女の子がトレーラーハウス(だったと思う)でおばあちゃん(だったと思う)と生活しているだけで、虐待の疑いを受けて当局に「保護」されてしまう、要するにそこから連れて行かれるというのが出てきました。

ある一定のレベルの環境にいないと虐待とみなされてしまうようで、アメリカでは幼児虐待についてとても厳しいんだなあと思いました。

翻ってわが国では、前述の例でも親が「しつけです」と言うと当局はなかなか動かないし、幼い幸薄い命が失われてしまうことになります。

私は役所のシステムについてはよくわかりません。虐待を担当するのは児童相談所のようですが、人も子どもを預かる施設も足りないと新聞で読んだことがあります。

そうなると、子どもを「保護」することについては出足が鈍くなるということもあり得るのかなあと思います。前述の二例とも市や児童相談所が何回も訪問しているのに、幼い命を守りきることはできませんでした。

 

私は、民主党が子ども手当てを打ち出した時には、いいことだと思いました。

「子育ては金がかかる」、「子どもを産んで育てるのは何か損だ」というような空気を世の中に蔓延させないためにも子育て支援に税金をつぎ込むのは大いに結構と思いました。実際、子どもを育てるのは物心ともに大変な思いをしますし、次の社会をになう人材を育てているという大きな社会貢献をしていることにもなりますので、サポートするのはむしろ当たり前と思います。

しかし、先のような虐待死のニュースが後から後から出てくると、限られた財源をどう使っていくかということも考えなくてはいけないのかなあと思うようになりました。

人も施設も足りないということは結局は金が足りないということだと思うし、いろいろな意味で最低レベルの生活を強いられている子どもたちのところにお金をつぎ込んで、何とか底上げするということをしていかないと、恐いことになるのではないかと思いました。

 

回りの人に愛されているという実感を持たないで育つというのはとても不幸なことだし、そういう人を少しでも減らすためなら、私は少しぐらい消費税が上がってもかまわないし、子ども手当ての5兆円の中からほんの少し回すだけでも、随分違ってくるのではないだろうかと考えました。

限られた予算の配分というのはつくづく難しいものなのねと思います。この社会をどういう社会にしていきたいのか、結局はそこに行き着くのだと思います。

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