FC2ブログ

おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

社労士試験の思い出

今年の社労士試験まで10日余りとなりましたね。
社労士試験は全国社会保険労務士会連合会の試験委員会で取り仕切り、受験料収入などは連合会の特別会計に入りますから、社労士会としては年に一度の一大イベントです。
特に、受験会場のある都道府県の社会保険労務士会では、会員から協力者を選出して会長以下各理事も総出で試験を取り仕切ります。
私も開業登録して以来、3年連続で試験監督を務めさせていただきました。
自分の原点はここにあるという思いを大切にするために手を挙げてやらせていただいていました。
この社労士試験協力者は埼玉県の場合、各支部で会員数に応じての割り当て人数分を支部会員の中から支部長が選出することになっています。
希望者が結構いるので、私もさすがに3年連続でやらせていただいたので、今年はご遠慮しました。年々当日の早起きが辛くなってきたということもあります。
受験生の皆様はそんなもの読む暇ないとは思いますが、当ブログのカテゴリーで「社労士受験」をご覧いただくと、いろいろと試験の思い出などが書いてあります。

そこにも書いたとおり、私は恥ずかしながら3回も受験してしまいました。
1回目は択一式も選択式も総合点は合格ラインを十分超えていましたが、択一式の労一、社一で基準点に1点足りず不合格でした。
私より総合点では下の人が合格しているのかと思うと、本当に悔しかったです。
自信満々で臨んだ2回目でしたが、今度は選択式で1科目基準点を下回りまたしても1点足りず不合格でした。
さすがにショックが大きかったのですが、とにかくもう一度だけ受験してダメならもうきっぱりやめようと決めた矢先、身体に異変を感じて診察を受けたところ思いがけず「乳がん」という診断を受けたのでした。受験する年の1月のことでした。

それからは、試験勉強どころではなく、自分が納得できる治療を受けるためにとにかく情報を集めまくりました。
自己免疫を高めるなどの代替療法も検討しましたが、これらについては「末期がんが消えた」とか「治った」という記述はありますが、何人の人がその療法を受け何人の人が治ったのかというような科学的根拠が見当たりません。
結局、私は科学的根拠のはっきりしている西洋医学で治療を受けることを決心して、最初に受診した先生の紹介もあり県立がんセンターで治療を受けることにしたのでした。
今ではかなり一般的な治療になっていると思いますが、5年前のことですから当時はアメリカで行われている最先端の治療、日本では治験の段階の治療を受けることになりました。
詳細は省きますが、分子標的薬という新しい抗がん剤と既存の抗がん剤を組み合わせて、手術前に12週間にわたり抗がん剤治療を受けるのです。
具体的には1週間に1度通院して点滴を受けます。

その治療により全ての人は腫瘍が小さくなり全く消えた人もいると先生は言いました。
「何人の方に治療して何人の方が腫瘍が消えたんですか?」
とお尋ねしたら、「40人ぐらいにやって3人の方が全く消えました」とのお答え。
現在はいろいろと新しい薬もあるようですが、当時の私は、薬だけでがんが消えるなんて考えもしなかったので、その割合は多く感じました。
そして、何故か自分もきっと消えるんじゃないかと思いました。
抗がん剤は劇的に効いてみるみる私の胸にあったしこりは消えてしまいました。
その年の6月に受けた手術は超音波やMRIなどでは何も写らなくなった私の腫瘍があったあたりの細胞を採取して本当にがん細胞が消えたか確認するための手術となりました。
その抗がん剤は全ての乳がんに効くわけではなく、ある種のタイプのがん細胞に効くのですが、私の細胞のタイプがぴったり一致していたこと、リンパ節に転移がなかったことなどの幸運があったと思いますが、数ヶ月の療養期間を経て私は健康を取り戻すことができました。
もちろん、ざっくり取られてしまうかと思った私のおっぱいも小さな手術跡だけでちゃんといまだにあります。
しかし、そのときすでに6月の終わり、その年の社労士試験が目前に迫っていました。
長くなりましたので、続きはまた明日。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する