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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

社労士試験の思い出(2)

昨日の続きです。
健康を取り戻したとはいえ大病の後で心身ともに疲労感がありましたし、抗がん剤の副作用ですっかり髪の毛が抜けてしまったので、外出するときにはかつらをかぶるなど完全には元どおりとはなっていません。
治療中、細々と過去問などやっていましたが、本格的な受験勉強は全然していませんでした。でも、私自身は過去2年間の試験で私は合格してもおかしくなかったという変な自信がありましたから、「今年はやめたら?」と夫に言われたことも気にせず受験をすることにしました。
ここでやめて来年受け直したとしたら、過去2年間の蓄積が限りなく0になってしまうような気がしたということもあります。 気持ちが途切れてしまうことを恐れたのです。
もちろん、療養期間中に願書は提出していました。
前の年の試験に不合格だったときに「来年もう一度だけ受験して不合格だったらきっぱりやめよう」と決意したことを守りたかったということもありました。
私は結構頑固なところがあるんです。

とりあえず、7月に二つの大手受験予備校の模擬試験を受験しました。
合格ラインを超えたとは言いがたいけれど、それほどひどい成績でもなかったのでこれなら何とか試験当日までにはぎりぎり合格ラインに届くだろうと、過去問集を中心に勉強を続けました。
心配だったのはかつらをかぶって受験できるかということでしたが、受験要領のどこを見てもそういう記述はないし、私のかつらは専門の方に特別に頭髪が抜ける前の髪型と全く同じに作ってもらったものなので、知らない人は気がつかないようなものでしたから、かつらをかぶって受験しました。
過去2度の試験に比べると随分落ち着いてできたように思います。
あれほど苦しめられた基準点もあっさりクリアーできて、択一式の総合得点も7割を超えていましたから、受験当日の予備校の解答速報をみて合格をほぼ確信することができました。
神様は見ててくれたんだな、そして、何があっても社労士になれと背中を押してくれてるんだなとそんな気持ちになりました。
 
私が基準点の壁により2度失敗したように、社労士になってからいろいろな方の話を聞くと、択一式で60点を超えるような高得点をとりながら、やはり基準点により不合格だったというような人が複数いました。
そこまでではなくても、基準点により1点差の不合格なんていうのは、私が予備校で知り合った友人にもたくさんいますし、全国的に見たら相当数いるのではないかと思います。
この試験の合格率は8%前後ですが、合格レベルに達しているのに不合格という人は結構いるのではないかなと思います。逆に言えば合格レベルに達するのはそれほど困難ではないけれど、真の合格を勝ち取るのは難しい試験なのだということでしょうか。

さて、病気の方ですが、私の受けた治療は担当の先生がアメリカの論文などを研究されて行ったものです。日本では一度がんになるとずーっと定期的に再発はないかとか他の異常はないかとか病院から解放されることはありませんが、アメリカでは、がんの再発はもうステージ的には末期なので、早く再発を見つけたからと言ってその後の生存率にはあまり変わりがないという統計に基づき、乳がんの場合は1年後に異常がなければ、後は自覚症状が無い限り受診しなくてもいいということになっているそうです。
保険制度の違いも関係しているとは思いますが、私は病院に通い続け検査づけになるのはごめんだと思い、担当の先生に
「アメリカ式でやるかい?」と聞かれて
「ハイ、最初からアメリカ式ですから、最後までアメリカ式でやります」と答えて、それっきり病院には行っていません。検査も受けていません。
他の病気もめったにしないし、もともと医者嫌いなので病院とはほとんどご縁がなく過ごしています。
すっかり病気から解放されて、自分ががんだったことすら忘れそうになる毎日です。
それでも、「乳がん」と見たり聞いたりするとちょっとドキッとするので、心の中では完全には解放されていないのだなと思います。あれからもう5年なんだなと今しみじみ思っています。

受験生一人ひとりにドラマがあると思いますが、あきらめず、めげずに続けていればきっと合格できる試験だと私は思います。
受験生の皆様。
あなたの努力はきっと神様が見ています。受験生時代のことが笑い話になる日がきっときます。最後のもう一頑張り。コンディションを整えて試験に臨んでください。皆様のご検討をお祈り致します。

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