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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

検察審査会の結論に違和感を感じる

昨日帰宅途中にラジオで小沢氏強制起訴のニュースを聞きました。
テレビのニュースでは「街の人の声」も大方賛成ですと言っていて、へぇー、あたしって「世間」とやはりずれてるのかなと思いました。
その後の報道によると、検察審査会の議決要旨が発表されていて、その中で疑わしいという可能性がある場合、裁判で白黒決着をつけさせるのは国民の「権利」だというようなことが書いてあるそうで、この「権利」という表現に私はかなりの違和感を感じました。
一人の政治家の政治生命を絶つような「権利」が国民にあるとしたら、選挙での意思表示だけではないかなと思います。
検察審査会というのは、専門家だけではなく司法の場に「市民感覚」を入れるためにあるらしいのですが、私の感覚は、小沢氏のことは好きでも嫌いでもなかったのですが、秘書逮捕以降の一連の流れは何となく小沢氏に対する集中的なバッシングのような感じがしています。あくまでも私の「感覚」です。

私の「感覚」で言えば政治家全員の収支報告書を細かく調べれば、虚偽記載なんて小沢氏の他にもあるんじゃないかな。何で小沢氏だけが狙われるのかな。秘書氏が逮捕されたときもこのような罪状で逮捕されるのは異例のことと一部の有識者が話していました。
それらは政権交代も近いと言われていた時期で、当時民主党代表だった小沢氏がまさに政権の中枢に上りつめんとしていた時期でした。
そこに既得権益を守ろうとする何らかの勢力の意図を感じたのが私の「感覚」です。

さて、検察審査会では小沢氏のことを尊敬している秘書が小沢氏を罪に陥れるようなことを言うわけがないとして、供述調書は信用できるとしていますが、今の流れは供述調書というのはもしかして信用できないかもしれないというものです。
このたびの大阪地検特捜部の不祥事が明るみになる前に審査会の結論が出されているのですが、あくまでも推論でものをいっているようで根拠がはっきりしません。
「何となく怪しいんだからとりあえず法廷に出てもらいましょう」ということなんでしょうか。
私は経験がないから良く分からない面も多いのですが、裁判の被告になるということは大変なことらしく、時間、お金、エネルギーを使い、相当なストレスも抱え込むということをよく聞きます。
だからこそ起訴するためには、供述やその裏づけ、根拠となる証拠などしっかりとないとできないということだと思います。

検察審査会では容疑者側からの事情聴取はないということです。今回も小沢氏の弁護側が上申書を提出したそうですが、それについて議決要旨には触れられていないということで、検察審査会でどのような議論がなされたのかは曖昧なままです。
「一般市民の感覚」を司法の場に活かすというのは、よいことだと思いますが、この「感覚」というのは一億人もいればみんな違うだろうとも思います。
だからこそ法律が必要であり、法治国家であるべきなのです。
検察審査会はくじ引きで選ばれた利害関係のない一般市民だということですが、私は、確たる証拠もなく一人の人が何となく怪しいから起訴した方がいい、それが国民の権利だという言い方にはとても違和感を感じました。

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