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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる14年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

時間に余裕のある日

                       お花2010 縮小
当地は一気に真冬の陽気となり朝から冷たい雨が降っています。
私も毛糸の帽子とマフラーで事務所へやって来ました。
暑いうちはお花ももたないので一輪挿しなどで我慢していましたが、昨日は久しぶりに玄関にアレンジした花を置きました。黄色とピンクのバラに白いのはランの一種でデンファレ、緑の丸いのはピンポン菊というまあるい菊です。花器にウンリュウヤナギを絡めて、剣山やスポンジなどを使わず花をたてています。

昨年、開業3年目を迎えてから就業規則作成、見直しの仕事が一社終わる頃に次の一社から依頼がありというふうに途切れず数社こなし、それまでポツポツこなした仕事の蓄積と含めて、これから、私はこの仕事で多分儲けが出そうと思った途端に依頼がなくなり「就業規則請負人」として現在は失業状態です。
まあ、現実は甘くはないということなのでしょう。
それでも、自分なりにやることはいっぱいあって、判例の勉強もしたいし購入しただけで読んでいない本もあり、時間を持て余すなんてことはありません。むしろ、いつも足りないですね。
でも、いついつまでにこれをやらなくちゃというような、仕事を抱えているときの忙しさからは解放されて何となく気分的に余裕があります。

夏目漱石の小説を読むと「高等遊民」というような感じの、働かなくても十分豊かな暮らしができる財産があるので、いわゆる労働はせず好きなだけ教養を高めたり、のんびり趣味に時間を使ったりというような人たちが出てきます。
貧乏からなりふり構わず這い上がった「成金(ナリキン)」とは違うので、全てにゆったりとしていて時間をかけて作り上げた品格というようなものもありかなりの教養人です。
労働は奴隷に任せ思索していたギリシア時代の哲学者みたいな感じでしょうか。
私は若い頃は「高等遊民」に憧れましたが、世の中をいろいろ見てきた今となっては、「高等遊民」は案外不幸かもしれないと思うようになりました。
生きることは労働すること。自分で働き自分で稼ぎ自分の力で生きていく。教養をつけるかつけないかは自分次第。品格については、金があっても品格のない人もいるし貧乏でも品格のある人はいる。品格はその人の生き方次第でついてくるものだと思うようになりました。
それでも、若い頃を思い出し、「失業状態」はゆゆしき問題ではありますが、そぼ降る雨音を聞きながら、たまには「高等遊民」気分もいいかと思う私めでございます。

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