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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

電通事件再読

荷重労働によるうつ病り患、さらに自殺が会社の責任とされた「電通事件」(最判平12.3.24)については、以前からとても関心を持っていました(当事務所HP参照)。
必要があってもう一度その判例について勉強することになり、判決文や会社側、労働者側の代理人弁護士の言い分などをじっくりと読み直してみました。
この裁判は、法律的には一般的な民法709条(注1.)による損害賠償責任ではなく、715条(注2.)による使用者責任を問題にしたことに特徴があるといえます。
709条だと被害者側(この事件では労働者側)が損害についての因果関係を証明しなくてはいけませんが、(立証責任が被害者側にある)715条となると、使用者側が自分の方には落ち度がないということを自ら証明しなければならなくなります(立証責任が使用者側にある)。
使用者側にとってはよりピンポイントで、自らの潔白を証明しなければならないのです。

[注1.]民法709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
[注2.]民法715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びそのじぎ事業の監督について相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りではない。
2.使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

一審で完敗した会社側は、二審では一審で主張しなかった過失相殺(民法722条2項)の適用又は類推適用を主張して、東京高裁はこれをある程度認め、一審で認定された損害賠償額(約1億2500万円)を3割減額することとしました(減額した後の額は約8900万円)。
高裁のこの判決に対して、労使双方が上告して前述の最高裁判決となり、全面的に労働者側を支持する判決となりました。減額したことに対する判断はおかしいとして、その部分を高裁に差し戻し、その後約1億6800万円での和解が成立したものです。

さて、会社側は自分たちには責任がないと主張するために、どのような抗弁をしたのでしょうか。
まず、ビルの管理記録から自殺した社員Aさんが長時間会社にいたこと、時には徹夜に近い状況があったことははっきりしています。
会社側は在社時間が全て労働時間ではなかった、抜け出して当時付き合っていたBさんとデートして家に送った後会社に戻ったり、土、日もBさんとデートを重ね、平日も週1度の割合で食事をともにしていた。だから、
①認定されたような長時間労働は不可能。
②会社は以下のように社員の健康管理には万全を期していた。
1.本社内健康管理センターに医師22名(3~6名は常勤)看護師22名(すべて常勤)薬剤師2名、技師3名をおき、精神科のクリニックとも提携していた。
2.入社前、入社後の健康診断を行い、3箇月続けて時間外労働時間が80時間を超える社員に対しては、会社の費用負担で特別に健康診断や人間ドックを受診させていた。
3.近くのホテルと特約して深夜勤務の際には社員は無料で随時利用できた。
4.深夜残業者に対する出勤猶予制度も設けていた。
5.有給休暇は初年度から10日あった

その他にも社員はタクシーが自由に使えたし、給与その他の待遇も超一流で入社希望者が多いなどとしています。
また、社員の業務の特徴として「作家、ないし芸術家のそれに近い特質をもっている。したがって自由な精神をもち、当然のことながら仕事自体に興味を持つ者の集団」としています。
私は、この会社の長時間労働を容認する社風というのはこのあたりに原因があるのだろうと感じています。
普通のサラリーマンとは違うクリエイティブな集団なんだという自負や、そうであるべきだという空気が会社にあるのでしょう。
上司の靴に入れたビールを飲むことをAさんに強要したなど、パワハラまがいのことも裁判で明らかにされましたが、クリエイターたるものそういう常識はずれのことをしても許されるというような、ある種の甘えが会社の空気感として蔓延していたのかもしれません。
まじめで責任感が強くあまりお酒も飲めなかったというAさんには、なかなかなじむことが難しかったかもしれません。

先述のような立派な健康管理に対する措置をしていても、会社にそのような空気が漂っていたら利用しにくかったかもしれません。
会社は使用者として社員の暴走を止める立場にあるわけですから、どう見てもそれで会社の責任が逃れられるとは思えない内容です。

過失相殺の理由としては、本人の性格、同居していた両親の責任などを挙げていますが、これらはいずれも最高裁で否定されています。
性格については、「企業等に雇用される労働者の性格が多様なものであることは、いうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り」性格を原因とすることはできないし、また、もしそうであったとしてもそれならそれで、会社はそれを予測することが可能であり、その配置先などを考慮することができるというところまで、判決で言及しています。
その上で、Aさんの性格は一般的な社会人によくみらる性格であり、上司も一定の評価をしていたとして、「性格原因説」を退けています。
両親の責任についても、同居していたとはいえ独立した社会人であるAさんの勤務状況について、改善措置をとる立場にはないとして退けています。

その他に、高裁ではAさんが適切な時間の使用方法を誤ったこと、健康管理について自ら会社を休むなど合理的な行動がとれたはずというような落ち度を認めています。
これらについて、最高裁判決では特に言及がなくちょっと残念です。
いずれにしても、何度眺めても労務管理という観点で興味深い裁判例だなと思います。

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