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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる14年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

もうひとつの日本は可能か グローバリズムへの抵抗

グローバリズムというのは抗いがたい潮流なのだろうか。そんな疑問を抱き続けてきました。


それについて言及した「もうひとつの日本は可能だ」という本(内橋克人著 文春文庫)を読みました。


私は経済学は大学で教養科目のひとつとして勉強しただけです。マルクス経済学と近代経済学のさわりをちょっと知ったという程度です。ほとんど無知といってもいいレベルです。経済のことはわからないというのが正直なところです。


ですから、メディアでの経済評論家と言われる人達のコメントについても、「ふーん、そうなんだ」と思う程度なのですが、内橋氏についてはかねてから、発言に共感を持つことが多かったです。

この本によると、内橋氏の原点は故郷神戸での戦争中の体験です。前年母を病気で亡くした小学校6年生の内橋氏は父に付き添われて盲腸の手術を受けます。家に1人残った姉の世話に来てくれた「第二の母」とも言うべき女性が、防空壕のいつも氏がすわる場所で、不発の焼夷弾に直撃されて命を落とします。姉は無事でした。


その女性は夫亡き後、徴兵された1人息子の帰りを待ち望んでいました。母を亡くした内橋氏姉弟を励まし、何かと助けてくれた人でした。敗戦後その方の息子さんの戦死が伝えられ、氏は父とともに遺骨を受け取りに行きましたが、箱の中には紙きれが一枚入っているだけでした。


氏は、その女性は間違いなく自分の代わりに死んだという罪の意識を持ち続けます。その方の位牌を仏壇に納める気にならず、ずっと持ち続けます。今もその位牌のそばで仕事をしながら、亡き人に接しつつ人間としての節度を保ち続けているそうです。氏によると、戦争を体験した人はそのように何らかの罪の意識を何十年もひきずっている人が多いとのことです。幸せな母などいなかったし、少年でさえそんな気持ちになる、そんな時代であったということです。


だからこそ、デモクラシーはアメリカからの贈り物などではなく、「痛恨の代償」として昭和ひとけた世代が勝ち得たものであり、基本的人権という考え方は当時の日本人が激しく望んだものなのだと氏は書きます。


原点に原罪意識を持つ氏はその著書「共生の大地」(岩波新書1995年)の中で次のように書きます。


「今日に明日をつなぐ人びとの営みが経済なのであり、その営みは、決して他を打ち負かしたり、他におもねったり、他と競り合うことなくしてはなりたちえない、というふうなものではなく、存在のもっと深い奥底で、そのものだけで、いつまでも消えることない価値高い息吹としてありつづける、それが経済とか生活というものではなかったのでしょうか。おぞましい競り合いの勝者だけが、経済のなりたちの決め手であるはずもないのですから」


そこまで読んで、大学で経済学を学んだ時に現在では旧世紀の遺物のように言われるマルクスを、私は極めて個人的見解としてそうではないと考えたことを思い出しました。彼の原点は「持てる者」と「持たざる者」という違いだけで、人生を左右されていいのかというヒューマニズムだと思います。自分の出自という自分に責任のないことで、理不尽に不利な人生を送らざるを得ない人に対する同情と、そこに寄り添おうとした共感の気持ちが出発点だったと思います。


私は法律を学ぶという目的がありましたし、それ以上経済学もマルクス主義もつっこんで勉強することもなく終わりましたが、学問の原点はやはりいかに人がより良く生き、幸せになるかを考えるというところにあると思います。


その意味で内橋氏はずっと考え続けていらっしゃる方なのだなという気がしました。


おい、おい、肝心のグローバリズムへの抵抗についてはどうなった?すみません。長くなりましたので、明日また書きたいと思います。

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