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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

「非現実的な夢想家」になるということ

震災からまる3箇月がたった先週、スペインのカタルーニャ国際賞を受賞した村上春樹氏のスピーチがメディアで配信されています。
ネットで全文を読むことができます。
初期の傑作「風の歌を聴け」はもう30年以上前になりますが、彼の作品の中では最も好きな小説です。
読みやすい簡潔な文章の中に映画を観るように情景が立ち上ってきて、都会で暮らす若者の心情などがさらりと描かれています。
今までにない作家のタイプだと思ってファンになりました。
でも、最近はあまり読みたいとは思わなくなってしまい、ここ数年の作品は読んでいません。
それでも、前述のスピーチ内容は私もとても共感できる内容でした。

この度の震災後、今後さらなる地震があるかもしれないのに、パニックにもならずごく平常の生活をしている日本人のメンタリティーについて、、「無常」という言葉で説明しています。
桜、蛍、紅葉、いずれも一瞬の美しさゆえにそれが際立つことを皆が理解していて、「全てはただ過ぎ去っていく」ことを確認する。そしてかえってそれに安心を見出す。
というような表現はかの地の人々にはわかりにくいかもしれませんが、そういう精神性もあるかなと思ってもらうことは可能なのではないかと思います。
それゆえ、津波で大きな被害を受け激しいショックを受けた日本人も、やがては立ち直っていくだろうとしています。
問題は、原発の被害だと語っています。
唯一の被爆国として核兵器を嫌悪し平和を希求していた日本が、結局別の形で核の被害を受けることになってしまった。
その原因は、「効率」を求めた結果だと氏は喝破しています。
日本人は核に対してノーを叫び続けるべきだった、そして、原子力に代わる有効なエネルギー開発を国家レベルですべきだったと言います。

確かに、核兵器の恐ろしさは、絵画、詩歌、映画、演劇、漫画に至るまで描かれ語り継がれてきました。私達は核兵器の恐さを理解してそれに対する激しい嫌悪感をもっていたはずです。
原発に対する漠然とした不安を持っていた人もたくさんいたはずです。
特に、子供を持つ母親は本能的に危険性を察知していたようにも思います。
私も子どもたちが小学生だった頃、原発反対の署名など熱心に活動するお母さんたちの求めに応じて署名したこともありました。
でも、それは大きな力にはならなかった。
村上氏のいう「「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たち」に追いつかれ、蹴散らされてしまったのです。
村上氏の言うように、広島、長崎で亡くなった多くの人に対して日本人がもっともっと集合的に責任をとるということをしていたら違っていたかもしれないと残念です。

国ぐるみで安全神話をばらまかれた場合、無知な私たちはどうすればよかったんだろうと考えます。
村上氏の言う私達が等しく「非現実的な夢想家」である社会が実現したらどんなにいいかと思います。
それには、やはり、人の言うことより自分の感性を大切にすることが重要なんでしょうか。
「非現実的な夢想家」がたくさんいればよいのでしょうが、今までは結局少数派で片付けられてきました。
この度の震災は、効率や経済優先だった社会のあり方そのものを考え直すチャンスでもあるのだなと、あらためて思いました。

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