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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

言葉というコミュニケーションツール

先日の賀詞交歓会で、来賓の1人が、「役不足で申し訳ありません」と挨拶なさいました。


その方は本来の招待者の代理として出席された方です。「役不足」の語源は、能力のある役者に対してその人にふさわしくないつまらない役を割り当てることからきていますから、ちょっと使い方を間違えていらっしゃったようです。でも、今では逆の使い方もOKになっているというか、誤解して理解している人が多いので、そんな使い方でもよいという説もあるようです。


挨拶が終わって歓談に入ってから、私の席の隣の先輩会員の方が「さっきの役不足って言い方変だったよね」とおっしゃっていました。私も「そうですね。本来の意味は・・・・・」とひとしきり言葉の意味についてお話しました。

そのうち、本来の意味とは逆の意味で理解する人が多数派になると、意味が逆転してしまうということがあるかもしれません。


言葉というのは生きているというのはよく言われることです。NHKで「アーカイブ」とか名づけて古い番組をやることがあります。ドキュメンタリー番組などで一般の人がインタビューされてしゃべっているのを聞くと、随分現在と違うように感じるときがあります。テンポが遅く、何やらかしこまった雰囲気があります。言葉の言い回しや選ぶ言葉そのものが違うのですね。


私も息子や娘と話す時は「超○○」とか「マジでー?」などという言い回しを当たり前のように使います。その方が、会話が弾みスムーズに意思疎通ができるように感じるからです。話すテンポもこころなしか早口になります。年配の方に話す時は絶対そんな言い回しは使いませんし、心持ゆっくり目に話します。


息子、娘と付き合っているのですから、若い人の言葉はわかっているつもりでも、たまに娘に付き合って若い人向きのお店に行くと「いらっしゃいませ」というのが「イラッタイマテー(語尾を上げてのばす)」と聞こえてしまって、それが耳に残ってしまって気になる時があります。家に帰ってから「イラッタイマテー」とまねをして笑ってしまいます。


言葉はコミュニケーションのツールですから、コミュニケーションが図れなかったらどんなに美しくても意味がありませんよね。


最近用事があってある銀行へ問い合わせの電話をしたら、「お名前いただいてもよろしいですか?」と言われ、ちょっと気になりました。「お名前教えていただけますか?」とか、「お名前なんとおっしゃいますか?」でいいと思うのですが。だって名前をあげるわけにはいきませんものね。


確かに「ずばりとした感じ」が緩和されるような言い回しではありますね。はっきりものを言うのを嫌う人が増えたということでしょうか。知らないうちに自己防衛しているのでしょうか。だとしたら、それだけギスギスした世の中になってしまったということなのでしょうか。


おばさんとしては、コミュニケーションのツールとしての言葉を尊重しつつ、なるべく正しい日本語を使いたいと日々アンテナをたてて他の人の言葉に耳を傾けています。

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