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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

法律を勉強するということ

16日のコメント欄で法律用語に関連するご質問を受けました。


一つの文言の意味がよくわからなくて、条文全体の意味もなんだかわからなくなったというような内容です。


ふと、大学の通信教育課程で法律を勉強していた頃を思い出しました。スクーリングに行った時とか、郵送で質問をすることもできたのですが、(今は、多分インターネットを活用して質問も簡単にできるようになっていると思いますが)とにかく「自学自習」が基本ということで、条文の意味がわからなくていろいろな本を調べたり、一人で悩んだりしたことが懐かしく思い出されました。


そんな時に、法律用語辞典(内閣法制局法令用語研究会編 有斐閣)は、私にとっては貴重な辞典となりました。各種の法律用語について解説してありますので、文言の意味がわからない時にはかなり役に立ちました。法律を勉強するのに条文の意味がわからないのでは話にならないですものね。でも、初めて民法を勉強した時は、まだ口語文になっていなくて明治以来の文語体で書かれていて、古文の文法を思い出さなければわけがわからない条文がいっぱいありました。


初めて民法のスクーリングに行って勉強した時の先生は、何かというと「根拠条文は?」というのが口癖でした。ある事例について「こうだと思います」と言うだけでは不正解です。「この条文に基いて考えた結果こうだと思います」と、必ず考えの基になった条文を明らかにしなくてはいけないのです。その先生は女性だったので、ひそかに「根拠条文女」なんて呼び名をつけていたぐらいです。私の使っていた六法は、横から見ると民法のページのところだけ真っ黒になりました。


でも、まさにそれが正しい「法律的考え方」の基本だったのです。考えの基本は自分の主観的意見でもなければ、経験に基くことでもない、ただ法律の条文にあることを根拠として、まるで、ひとつの定義をもとに数学の問題を解くように、解答を導き出すのです。もちろん、条文だけではなく判例、学説なども参考にするのですが、基本はあくまでも条文だということを叩き込まれました。それは、他の刑法の先生や商法の先生も同じでした。


条文の文言を大切にするのはもちろんなのですが、条文を基に考える時には、必ずその法律の趣旨を理解するようにということも学びました。文言の裏にある、この法律は誰のために、またどういうことを解決するために作られたのか考えるということです。特に民法は様々なトラブルを解決するための法律ですので、どういう場面なのか常にイメージを持つようにということも、うるさく言われました。


それらは、今でも私が様々な法律の条文を読む時の自分の姿勢として心がけていることです。


ただ、社労士になってからいろいろ経験豊富な先輩会員のお話を聞く機会がありますが、法律論だけでは解決できないことがたくさんあるようです。やはり、「人対人」というところで、法律を超えたところで解決するというようなこともあるのでしょう。ですから、法律を勉強することも大切ですが、いろいろな経験をして人間としての感性を磨くということも重要なんだろうなと思います。「勉強、勉強、時々遊び」ぐらいがいいのかなあなんて思っています。

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