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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

言葉は正確に使いたい

大阪市の市立高校の「体罰」事件がこのところ連日のように報道されています。
私は、「体罰」という言葉の使い方に最初から違和感を感じています。
「体罰」というからには、生徒側が罰せられるような何かをした状況に使うべきだと思いますが、どうもそうではなく指導の一環として暴力行為を行っていたようです。
自殺した生徒は日常的に何回も殴られ、身体にもあざができていたそうです。
ご両親が刑事告訴しているのですから、「体罰」ではなく「暴行事件」として報道されるべきだし、言葉もそのように使うべきだと私は思います。
何回も立て続けになぐり続けるなどというのは、常軌を逸していると思うので、当該教師は暴力行為依存症ともいうべき何らかの精神的病があるのかもしれないとも感じています。
私は幸いと言うべきか、生まれてから今日まで回りにそのような暴力行為をするような人がいませんでした。
ですから、自分より弱い立場の人にそのような暴力行為を行う人の精神状態というのはよくわかりません。

人対人は「言葉ありき」と私は思っています。
言葉を尽くして誠実に話せば必ず理解できるはずと思っています。
もちろん、価値観の違いなどで理解できない場合もありますが、誠実に話しているという事実は相手に伝わるはずです。
だからこそ言葉は正確に使わなければいけないと思います。
学校内のいじめにしても、場合によっては暴行、傷害、恐喝、たかりなどになるはずです。事実を客観的に知るためには、正確な言葉をまず使うべきでしょう。

報道によると、スポーツの指導において暴力行為を行うのは日本独特の風習とのことです。
何故なのか私にはよくわかりません。
それを容認する空気がずっとあったということでしょうか。
部活の顧問にたてつくと試合に出してもらえないとか、そんな配慮もあり顧問のすることには絶対服従するか、辞めるかどちらかになってしまうのかもしれません。中学、高校とスポーツの部活動をしていたある若い知り合いによると、顧問の教師に媚を売る保護者もいたそうです。そんな雰囲気の中で、顧問教師が専制君主のごとくに君臨して誰も何も言えない中で、その教師が暴力的体質をもっていたら、どんどんエスカレートするかもしれません。
なんて恐ろしいことだろうと思います。
私は、自分のことを考えると、中学から高校生ぐらいにかけて、自分の人格の根っこのようなものが作られているのではないかと思います。
そんな大切な時期に、日常的に理不尽な暴力にさらされることがどんなに危険なことか、私達はもっと考えなくてはいけないと思っています。
そんな中に子どもたちを置きたくないと私は思います。

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