FC2ブログ

おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

民主主義とは何かを考える

特定秘密保護法は強硬突破で採決までいってしまいそうですが、結局、選んだのは国民なので、まあ、しょうがないんじゃないのとも思います。
自民党が勝った選挙で「決められる政治」とか言ってましたが、そもそも民主主義というのは結構決められないし、決まるまでにめんどくさいプロセスを踏む、だからこそ権力の暴走を止めることができるというようなことを先ほど外出先から帰る車の中で聞きました。
全く同感です。多数決で決めるのが民主主義と誤解している人がいるようですが、少数意見も尊重しつつ、何とか摺り合せ妥協点を見出すために、根気強く、粘り強く話し合い、対立する相手と交渉していくのが民主主義の手法でしょう。
衆参両院が一党の多数で占められたとしても、そういう物事を決めていくプロセスは大事にされなければならない。だって、自民党以外の政治家も等しく一票を持っている国民が選んだのだから。国民主権というのなら、国民全員の意思が等しく尊重されなくてはいけないはずです。

安倍氏が首相になる前から私の友人には「安倍なんてぶんなぐってやりたい」(あくまでも友人が言ったことで私が言ったんではありません)
「安倍の「美しい国日本」読んでみて「ボクちゃんのための美しい国」ってことだとわかって、ホント吐きそうになっちゃった」なんて人もいて、あらあらと思っていましたが・・・。
経済がよくなったのだって、たまたま底にあったのだから誰がなっても上がっていく状況だったと言う人もいて、私は経済のことはわかりませんが、少なくとも首相になったのだから、憲法を熟読して遵守していただきたいとは思います。

でも、安倍首相になる前からこの国に民主主義なんてあったのかなという思いもふと湧いてきます。民主主義の場合、情報は官僚や政治家のものではなく国民のためのものであるはずです。でも、原発問題一つとっても、結局国民はだまされ続けたわけですが、国民の側も何の疑念も持たなかったのはどうなのかなとも思います。
チェルノブイリで事故があったときも日本の原発は大丈夫と言われていました。何故、大丈夫なの?と私は思っていました。事故が絶対起きないなんて誰が言えるんだろうか。
原発で働いている人の被ばく問題について書かれた本なども読んでみると、絶対安全だとは思えませんでした。
そんなふうに疑って考える、少なくとも合理的な考え方というものを国民ひとりひとりがもっと意識していかないと、結局、多数をとった権力のおごりを許し民主主義は多分踏みにじられることになるのでしょう。
感情や勘定ではなく、理屈でものを考えるくせをつけないと、民主主義の議論して考え、反対意見を尊重するという基本的なことすらできないのではないかと、夕闇迫る車のなかで考えたのでした。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する