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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる14年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

真の選択の自由とは

当地は先週金曜日、朝から小雪が舞い夜に向かってひどくなるという予報があり、風邪が治りかかりの私は、思い切って休んでしまうことにしました。
それというのも、昨日の土曜日に社労士会の支部対抗ボウリング大会が予定されていて、私も支部予選を見事?勝ち抜いて支部の代表の10人の中に入り、みんなでバスで会場まで行く予定があったからです。
ドタキャンはよくないと思いその日に備えたわけですが、金曜から降り続いた雪のため交通事情が大幅に乱れたため、大会は中止となりました。
天災事変には勝てません。
そんなわけで、私もこのところ、個人的に自分の考え方を整理しておきたいこともあり、そんなときにいつも読む座右の書を読むことができました。

その本には、本当の意味での精神の自由について書かれている箇所があり、「自由とは自分のやりたいことをやることではない」ということを私に思い出させてくれるのです。
人が何かを選択するときには、それは活き活きと生きていくうえに有益な方向でなければならない。
ずっとさかのぼるとソクラテスまでいっちゃうのですが、人はより良く生きなければならない。だから、何かを選択するときに、より良い方向でない方向にいく選択をした時点でその人はすでに精神の自由を失っているというのです。
例えば、禁煙している人が結局吸うか吸わないかの選択は自分の自由なんだからと禁煙をやめたとき、そこに自由はなく欲望にからめとられた結果、要するに欲望の奴隷になってしまったのですから、そこに真の自由はない。
真の自由は自分を律し、より良い選択をできるかどうかで決まる。わかりにくいかもしれませんが、私はとても共感して、自分が悩んだときにはいつも読み返しています。
人は自分の気持ちのままに選択すればそれは自由だという。しかし、そこに自分の利己的欲望があったり、人が活き活きと生きていくことを阻害するような要因が含まれている選択であったなら、それは真の精神の自由による選択ではない。
私は、この本を読みながらいつも勇気と励ましをもらっています。
この本とは「悪について」(エーリッヒ・フロム著 紀伊国屋書店)です。夏目漱石の「こころ」が中学生のころからの座右の書としたら、これはもっとずっと大人になってからなのですが、もともと夫が持っていたものを借りっぱなしで今や私の座右の書となっているのでした。

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