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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

憲法を読もう

 時々、去年の今頃、当ブログで何を書いていたのだろうと思い読み返すことがあります。
昨年の5月3日、安倍首相が憲法改正の手続きの条文96条にある3分の2を2分の1に変えようとしていることに対する批判を書いています。
その件は、私が書くまでもなく多くの批判があり、結局国会に上程されないままになっています。
そして、今年はといえば集団的自衛権の解釈改憲を押し進めようとしています。しかも、閣議決定どころか政府見解、事実上は首相の見解で解釈変更をしようとしているなどと報道されています。
首相は憲法というか、法律の解釈論などあまりお勉強したことがない人なんだろうなと思います。

 憲法や法律の解釈論を展開する学者の先生方の理論構成はへぇーっと思ったり、ほぅーっと思ったり、あれこれあれこれ、時にはそんな理屈があるのかなと思うようなものから、理路整然と納得できるものであったり、明解だったり複雑だったりよくわかったり、わからなかったりします。
いずれも時間をかけて反対の理論についても丁寧に反論できるような理論構成を構築していきます。
安倍首相の解釈改憲は、国民を戦争に巻き込むかもしれないという重大な事項なのに、丁寧に反対意見を説得したり納得させたりする努力が見られません。
根拠となる判例として「砂川事件」を出してきたときはびっくりしました。
憲法を勉強したことのある人だったらおなじみの判例で、日米安保条約の合憲性を争ったもので、しかも、最高裁は安保条約の「高度の政治性」を認め、司法審査権の範囲外として違憲か合憲かの判断をしていません。わが国が自衛権をもつことは判決の中で認めていますが、判決にかかわった裁判官自らが語っているように、ここでいう自衛権は個別的自衛権です。
日米安保条約により、日本は守られているだけだから、ちゃんとお返しをできるように集団的自衛権を行使できるようにしなくてはいけないというのが首相の理屈の一つにあるようです。
私は、アメリカは日本を「守ってあげる」ために駐留しているとは思いません。冷戦時代は対旧ソ連、現在は対中国、極東の軍事的要地として日本は重要な位置にあります。自らの国益のために駐留していると思っています。
日本は、ただ「守ってもらっている」のではなく、アメリカの国益のために住民の犠牲の上に基地を提供して「おもいやり予算」も払っています。引け目など感じる必要はないのではないかと思います。

集団的自衛権を行使できるようになったときに、戦後70年近く戦争で死んだ国民は一人もなく、戦争で外国人を殺したこともないという誇るべき平和国家のブランドが傷つくことはないか、それによって国益が損なわれることはないか。
対中国、北朝鮮と軍事力で対峙するしか能がないのか。もっとしたたかにしなやかに外交を行うことはできないのか。考えるべきことはたくさんあるし、知性と教養はそういうときに使うものなのではないかなと私は思います。
首相は、ただただ頑迷というか盲信というかそんな感じが私にはします。
憲法9条を読むと、いいか悪いかは別として集団的自衛権が行使できるという解釈がどこからどうやって出てくるのか私にはわかりません。
国民の多くが集団的自衛権が必要であり、行使を容認することに賛成なら憲法改正の手続きをして条文を変えればよいと思います。
もっとみんなが憲法を読み、議論を深めていくといいのにと思います。

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