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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

「残業代0」法案に対する疑問

現政権はいろいろと閣議決定をなさいますが、「残業代0」法案も閣議決定したとのことです。
働いた時間ではなく、成果で給料を支払うシステムにするとのことです。これを最初に聞いたときには、結構違和感がありました。
労働契約は民事的な契約であり、自由な私人間の契約です。働いた賃金について成果で払うというやり方をしようと思えば今でもできます。本来「お上」が口出しすることではないはずです。もちろん、労働時間の原則1日8時間、1週40時間という枠があり、それを超えたら割増賃金の支払い義務があることは法律で決まっています。
しかし、変形労働時間制、みなし労働時間制、裁量労働時間制などがあり、条件にかなえば原則から外れることもできます。
そもそも、何故労働時間の枠ができたのか。日本の長時間労働に世界から圧力がかかり、労働時間を少なくする方向に法整備をしたはずです。過労死や長時間労働により心身を病む労働者のことが問題となっているのに、またぞろ、長時間労働を推進するような法案が出てくるとは驚きます。

「賃金を働いた時間ではなく成果で支払う」と言いますが、現在でも純粋に賃金を時間だけで決めているのは、時給で働くアルバイトやパートタイマーにはそういう人も多いと思いますが、正社員は少ないというよりほとんどいないのではないでしょうか。
たいていの会社の賃金は、基本給と諸手当がベースですが、基本給部分は年齢や経験、職務能力などで決めています。そこに、労働時間が入る余地はありません。職務能力などは、その人の今までの「成果」によるということになるでしょうか。
手当の部分は、通勤手当、家族手当、食費補助手当、なども労働時間とは関係ない。営業手当、役職手当などは、その人の「成果」といえる部分なのかなとも思いますが、会社によって考え方はいろいろでしょう。
結局、「労働時間と直接関係あるのは「残業手当」であり、その部分は0にして「成果」だけで賃金を支払いますということなのでしょうか。
その「成果」を判断するのに、時間は一切考慮しませんということなのでしょうか。

実は、私も、若かりし会社員のころ、能力が高くさっさと仕事を片づけられる人(ひそかに自分がそうだとうぬぼれていた)は残業代なし、能力がなくいつまでも仕事をしている人は残業代ありということに疑問を持ったことがあります。
その能力のない人(中高年のおじさん)のカバーを私がしなくてはいけないという経験もしました。あるとき、上司にそんな話をしたとき、「会社には能力ある人とない人がいる。能力がないからといって切り捨ててたらその人は行き場がない。企業にはそういう人を引き受けるべき社会的責任がある。能力ある人はない人を助ければいいんじゃないの?そこで得られる満足もあるでしょ。」というような話になり、若かった私には納得のいく回答ではありませんでした。
今、人生経験をいろいろ積んでみると、何となくわかる気もします。
チームで動くことの多い会社にはそういうこともあるわけで、能力ある人は必ず人は見ているし、頭角を表すことが多い。お金では買えない「名誉」「評判」というようなものも手に入ることが多いのです。その人の「成果」はお金に換算することが難しい場合も多々あります。

何だか、話がずれましたが、「成果」だけで賃金を払うといっても誰がどのような基準で判断するのか、該当者の賃金体系は根底から変えるのか? 1000万円という線引きのために、そこで賃金が頭打ちにならないか? いろいろと疑問がわいてきます。
仕事というのは自分の人生の時間の切り売りでもあるわけで、仕事に切り売りした時間は、やはり賃金に反映した方がわかりやすいのではないか。
結局「残業代を払いたくない」という経営者の思惑だけがくっきりと見えてくるような気がするのは、気のせいでしょうか。

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