FC2ブログ

おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

夫婦同姓規定合憲判断 雑感

かねてより注目されていた最高裁の憲法違反があるかの二つの裁判の判決が昨日ありました。
両方とも興味深いものですが、私が特に興味のあった夫婦同姓を定めた民法750条の合憲判断について、ちょっと書いておこうと思います。
報道によると、結果的には合憲とされましたが、15人の裁判官のうち5人も違憲として、3人の女性裁判官が全員違憲としたのは極めて異例なのではないかと思います。
条文の文言だけを見るとただ単に「夫又は妻の氏を称する」とだけ書いてあるので、これが男女差別とはいえないし、社会に定着していて旧姓の通称使用により姓を変えることの不利益も一定程度は緩和できるので、憲法の定める「個人の尊厳」や「男女の平等」について、合理性を欠くとは認められないとしたと報道されています。
しかし、「選択的夫婦別姓が合理性がないと判断したのではない」とも言っているそうで、国会で論じ判断するようにとも言っているとのことで、国会に責任を押し付けたような印象もあります。

確かに条文の文章上は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」とだけ書かれていて、夫の姓になれと強制しているわけではありません。
しかし、この条文は明治時代に作られたときのまま(文語体から口語体に変わりましたが)であることを考えると、この条文の趣旨は婚姻が「家」と「家」の結びつきという当時の考え方に沿っていることが推察されます。家父長制が当たり前だった時代ですから、長男が家を継ぐので姓は当然そのままで相手方の女性が姓を変えなければならない。
娘しかいない「家」は婿養子という形で長男でない男性と結婚して、男性側が姓を変えてその「家」の姓を守る、そんなことをしていたらしいというのが、小説や映画などの世界から垣間見ることができます。
もし、そのような趣旨があったとすると、民法よりもずっと後にできた現行憲法の第24条「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、・・・」という条文ともちょっと整合性がないような気もします。

それはともかくとして、圧倒的に男性側の姓になる場合が多いということが慣習として続くうちに、人々の間でそれが当たり前という概念が定着してしまったのだと思います。
「何故、女性だけが愛着のあった旧姓を捨てて、人生の途中で姓を変えなければならないのか」「何故、女性だけが様々な手続き等の面倒を引き受けなければならないのか」「何故、女性だけが仕事上積み上げた実績等に不都合が生じることを容認しなければならないのか」
男女平等が当たり前で育ち、男女雇用機会均等法ができてから社会に進出した女性たちがそのような疑問を持つのは当然のことだと思います。
不利益をこうむらない男性側は、かなりこのようなことに対して鈍い印象がありますが、それでも若い世代を中心にそのような女性の心情に理解を示す人も増えているようです。
当ブログで以前書きましたが、「選択制」にするのだから、何の問題もないと思います。
したい人はする、したくない人はしない、選択肢が増えるだけのことなのですから。

先の民法の規定は廃止するべきだと、国連女性差別撤廃委員会からも勧告を受けています。
「選択制夫婦別姓」について、昨日、NHKのウェブニュースでは、反対が賛成を上回っているのは70歳以上の世代だけと調査結果を発表していました。
20代世代では70%が賛成です。また、旧姓の通称使用を認めている企業もどんどん増えているようです。
この問題に及び腰の自民党は、社会の流れに逆行しているように私には見えますが、世代交代していくうちにいずれはこの問題にきちんと向き合い、決着をつけるときがくるのだろうと思います。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する