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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

なーんか窮屈な感じのする教育再生会議提案

今日はこどもの日。


わが子が成人してからついぞ子供と接する機会が少なくなってしまいました。街でよちよち歩きの赤ちゃんなどを見かけるとどの子もホントかわいいなあと思います。自分が子育てをしていた頃は当事者だったせいか、なかなかそんな余裕がなかったものですが。


先ごろ、何かと物議をかもす教育再生会議が子育てについて提言をしました。(新聞記事参照)


教育再生会議は荒廃した学校現場を立て直すために作られたと理解していましたが、学校に入ってからでは遅いと思ったらしく、赤ちゃん時代からの「親学」なるものを提言しました。

子守唄を聞かせ母乳で育児、授乳中はテレビをつけない、早寝早起き朝ごはんの励行等、等、けして間違ったことは言ってはいないのですが、政府の機関が全国民に向けて言っているというところに、なーんか窮屈でイヤーな感じがするのは、私だけでしょうか。


これが、隣のおばさんやおばあさんなんかが雑談ついでに言うのなら、軽く聞けるのですが、政府のお声がかりで集められた人達が上からの「お達し」的に言うのを聞くと、遠い昔の全体主義国家だった時代を思い起こしてしまいます(もちろん私が生まれる前の話ですが)


小説やテレビの中に出てくる「大政翼賛会」を連想してしまうのは、ちょっと考え過ぎかもしれませんが、子育ては元来もっと自由で大らかなものでいいのではないでしょうか。「あれをやるな」「これをやるな」ではなく、「こんなのもあるよ」「こんなのどうですか」的な提言はできないものでしょうか。


だいたい、世の中のママ全てが母乳がふんだんに出るわけではないですよ。「母乳で育てないのは悪い母だ」なんてことにならなければよいのですが。授乳する時はしっかり赤ちゃんの顔を見てあげるのが基本ですが、どうしても見たいテレビ番組があるなんてこともあるだろうし。


あまり窮屈にがんじがらめになると子育てが辛くなってしまうのではと心配です。子守唄もいい歌がたくさんありますが、ロックをがんがん聞かせたっていいじゃないの。モーツアルトだってその時代の最先端の大衆音楽だったのですから。


今、必要なのは様々な情報に振り回され疲弊してしまっているような若い親たちを、社会全体でサポートするようなしくみではないでしょうか。多少親がぶっとんでいても回りの大人が補うことができれば、子供は立派に育ちますよ。むしろ子供には親以外の様々なモデルとしての大人との触れあいがたくさんあった方が良いと思います。


親たちが孤立することなく気軽に子育ての悩みを相談できるような、それも行政の押し付け的な窮屈なものでないシステムを作ることの方が、よっぽどためになるのではないかなあと思います。教育再生会議には「個人の尊重」、「個の確立」についてもう一度勉強していただきたいと思います。


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