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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

希望は戦争 フリーターの若者の閉塞感

昨晩、台所で肉ジャガを煮つつサラダを作りそら豆をゆで、なんて作業をしながらNHKの「クローズアップ現代」を見ていました。


私の住んでいるマンションはいわゆる対面式のキッチンなので、シンクと調理台が部屋の方を向いています。テレビを見ながら調理ができるのですが、調理中はガンガン換気扇を回すのでテレビの音はほとんど聞こえないのです。最近の民放のようにしゃべっている内容をそのまま画面下に字で表してくれるといいのですが、NHKはそういうことがないので、画面を眺めて内容をだいたい想像していました。


憲法9条について考えるというような内容のようでしたが、終わり近くになってようやく座ってじっくり見てみると、「希望は戦争」という戦争願望を持つフリーターの若者について言及していました。

彼らにとっては、平和が続く限り今の生活が変わりようがない。バイトより待遇がよければ軍隊の方がましだという、一見戦争願望のようなことを言う若者がいるというような内容でした。


私が若い頃には「世の中を変えるには革命だ」となったのですが、共産主義、社会主義を標榜する国家が次々と消えて、「革命」という言葉すら色あせてしまった現代では、「戦争」が世の中を変えるとなるのでしょうか。


20年ぐらい前だったと思いますが、戦争反対を表現するコピーをあるコピーライターが考えて「だって俺たち戦争行きたくないもんね」(うら覚えなので正確ではありません)と書いた広告を出したことがありました。


その時代には確かに「今の若者ならそう言うだろうな」と妙に感心したのですが、現代ではむしろそんなコピーも通用しないのでしょうか。気になって夕食後に「希望は戦争」でネットで検索してみると、いろいろな人が関心を持ってブログに書いていました。


事の起こりは『論座』という雑誌に、31歳の独身のフリーターが書いた論文だということがわかりました。残念ながら私は読んでいないので、ネットで得た情報しか今のところはないのですが、今の平和を維持することは自分達「弱者」の上の世代の定職と家庭を持つ豊かな生活を維持し、「弱者」である自分達世代の苦しみが続くだけ。国民全員が平等に苦しむ戦争状態の方がそのような若者には望ましい。しかし、筆者は「私を戦争に向かわせないでほしい」とも書いているようです。


私も常々今の20代後半から30代前半の就職氷河期に社会に出て、理不尽な働き方を余儀なくされている若者たちを何とかしない限り、日本の未来はないと思っていました。


今年あたりの大学の新卒はバブル期並の求人ということで、「2~3年前だったら内定なんて絶対とれないと思われるような学生が、いくつも内定をもらっているのでびっくりします」というある大学の就職担当者の話を新聞で見たことがあります。


そんな話を聞くと世の中つくづく不公平だと思います。ある程度は致し方ないとしても、許容範囲を超えているからこそ前述の言説などが出てくるのだと思います。


論文を実際に読んでいないので断言はできませんが、多分その筆者も戦争で平等が得られるなんてないということはわかっているのではないかと思います。戦争で成り上がるなんていうのはごく一部の人で、結局泣きを見るのは戦争前の弱者と言われる人々であり、戦争前に強者だった人々が戦争中でも結局「強者」になる、状況が過酷なだけにその差は著しく拡大するということは歴史が証明しています。


それでも言わずにはいられない。そのぐらいのことを言わないと誰も何にも考えてくれないという苛立ちのようなものを感じます。そこまで若い人たちを追い詰めて、それでもなお自分の身の回りの平和を守ろうとするのは、やはりちょっと違うということに私たち上の世代は気づくべきです。


大量退職する団塊の世代の人達は、田舎暮らしやそば打ちなんてしている場合ではないのではないかと思います。若者の苛立ちを鎮めるにはどうしたらよいのか、もっともっと真剣に考えるべきだと思います。

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