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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

重要なことが簡単に決まる怖さ

 街にイルミネーションが輝き出しました。クリスマスソングが流れいつもと変わらぬ師走の風景です。でも、何かが違うと思うことがありました。
先日、いわゆる「カジノ法案」が衆議院の委員会で強行採決されました。
年金のときもそうでしたが、数の力でどんどん決められていく。特に「カジノ法案」については、もっと議論してほしかったですが、野党側も「ギャンブル依存症」のようなことばかりを強調していて、それはもちろん必要ではあるのですが、もっと本質的なことを追求してほしかったです。
だって、カジノを作るか作らないかは国の根幹にかかわる一種の「哲学」だと思うからです。
時代劇などをみていると、今でいうカジノのような「賭場」がでてきて、昔からその種のものはあったとわかります。でも、毎日勤勉に働く庶民の近づくところではなく、遊び人とか渡世人とか真面目な一般庶民とは一線を画している場という描き方をしています。
政府は外国人観光客の誘致になるからと言っていますが、日本のイメージはクリーンで健全、人々は勤勉で親切、古い時代から続く文化がある一方、アニメやゲームなど新しい魅力もあるというところではないでしょうか。
カジノなんて求める人は別のカジノがある国に行けばいいし、日本はカジノなんてなくても十分観光立国としてやっていけると思うのですが。

ギャンブルなどとはなるべく縁のない生活を送る、そのためにごく限定的なものだけを認めるということで今までやってきたのだと思います。それを覆すのですから、もっと国民的な議論をしてほしいと思います。
今日の新聞の投書欄には、ギャンブルで儲けたということにすれば脱税の温床にもなるという、思いがけない反対意見もでていました。
怪しいお金の出所が追及しにくくなるのではないかというご意見です。なるほど、そういうこともあるのかと思います。
「哲学」などという言葉を使いましたが、ギャンブルでお金を儲けるということは、どちらかというと尊敬されない、裏社会でひっそりやっててくださいというのがこの国にずっと続いていた「哲学」かなと思っていました。
しかし、最近、金がもうかれば何でもいいでしょ的な考え方がはびこってきたように思います。
昔は、「成金」(ナリキン) などと言う言葉があり、たとえその人の才覚で儲けたとしても、時流にうまくのってたまたま大儲けしたような人はけして尊敬されませんでした。
今は違いますね。どんな方法であろうとお金をたくさん儲ければもてはやされる。
そんな流れの中でこのような法案が簡単に通ってしまうんだろうなと思います。恐ろしいことだと思う今日この頃です。

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