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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

長澤運輸事件 高裁判決文を読む(2)

 昨日、長澤運輸事件の高裁判決文の全文を読んで記事を書きましたが、書き足りない点について補足的に書いておこうと思います。
高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)により、現在60歳未満の定年は設定できません。また、定年後、希望者全員が65歳まで働ける継続雇用制度を設けるか、定年制を廃止するかの措置をとることが企業に義務づけられています。(平成25年3月31日までに労使協定で基準を設けている場合は61~65歳まで段階的に設定できる例外がある)
継続雇用制度は、定年年齢に達した後もそのまま契約を続行する場合と、いったん定年退職として退職金を支払い、その後あらためて嘱託等として雇用契約を結ぶというやり方があります。
60歳を定年としている企業の場合、退職金の設計もそれを前提としていますので、いったん退職金を支払い再度雇用契約を結ぶという場合が多いようです。
多くの場合、職務内容を軽くしたり責任の度合いを減らしたりして有期雇用とする契約となります。当然賃金は下がります。
しかし、中には待遇は下がったが定年前と全く変わらない仕事を任される場合もあります。

この事件のように トラックドライバーというような仕事の場合、全く同じ仕事だとする客観的判断がつきやすいので、地裁判決も労働者側の言い分を認めたのだと思います。
争点となったのは労働契約法20条です。有期契約の人の労働条件について、職務内容や責任の程度、その他総合的にみて無期契約(主として正社員)の人と不合理な差をつけてはならない、ということなのですが、この条文が出てきた時から「不合理と認められるものであってはならない」という表現がわかりにくいなーと思っていました。
「合理的」「不合理」というのは一見客観的に判断できるようでいて、案外主観が入りそう。主観が入れば当然法条文解釈が変わってくる。
とりあえず、職務内容を変えて責任の度合いも減らしたとしても、正社員に比べ著しく労働条件を下げるようなことがあったとしたらそれは「不合理」と言えるのではないかというような疑問がでてきます。

さて、話を長澤運輸事件に戻します。
地裁では、客観的にみて全く同じ仕事をしているかどうかを非常に重要視して、それで待遇を悪くするのは「不合理」と判断しています。
高裁では、判断材料を年金支給開始年齢の引き上げに伴い、企業に65歳までの雇用が義務づけられ、企業としても若い人も含めて全体の雇用を守るためには定年後に賃金を引き下げるのはやむを得ない面もある、多くの企業が同様な状況である、だから「不合理」とまでは言えないと考えたようです。
もちろん、判決文にもあるようにその他の事情、会社の収支状況、賃金の下げ幅、会社が調整給等で79%は確保しようとしたことなどについて評価したものと思われます。

昨年あたりから「同一労働・同一賃金」ということが言われるようになりました。そのような観点から考えると全く同じ仕事なら同じ賃金、そこに無期、有期、年齢、関係ないとすっぱりやるのが一番すっきりするような気はします。しかし、ここでも職種によると思いますが、20代、30代、40代の人と60を超えた人が全く同じ仕事ができるのか、経験値は高いかもしれないけれど、個人差があるとして体力的にはどうなのだろう。そう考えると「同一労働」という部分で労働の質というところはどう評価したらよいのだろうか。
疑問はつきません。
上告された最高裁では、労働契約法20条の「不合理」についての判断が下されるのだと思いますが、現状の社会情勢などをみると、高裁判決が支持されるのではないかと私は考えています。もし、労働者側勝訴となったらすこいことだなとも思っています。注目しましょう。


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