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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる12年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

国を分断する「自己責任論」

今朝の朝日新聞に 日本は階級社会になっていて、非正規雇用で年収が200万円に満たない「アンダークラス」があり、中間層に位置する人も転落の不安を感じていると指摘する社会学者の先生の話が記事になっていました。
特に、就職氷河期に社会に放り出されて、結局それに対する政治の無策のためにアンダークラスになっている人も多く、そのような人たちはいわゆる「自己責任論」に懐疑的ですが政治的な動きはあまりしないそうです。多分、政治に失望しているのでしょう。転落の不安を抱えているはずの中間層でも6割近くが自己責任論を肯定しているそうです。
自分で努力してスキルを磨けばアンダークラスにはいないとでも思っているのでしょうか。就職氷河期については、現在と企業の採用人数が圧倒的に違います。同じ時代であったら、今、内定をもらっているような人たちの多くが多分就職できていないでしょう。
就職氷河期にはこんな学業成績だったら絶対どこにも就職できないような成績の人がやすやすと就職できているのが現在とか、バブルの時代です。
卒業したときの社会経済時情勢により、人生が大きく左右されてしまう社会っていい社会でしょうか。

 「自己責任論」という言葉をメディアで目にしたのは、イラクにボランティアで出かけていた若者が誘拐されたときが、私は最初でした。
当時、小泉首相でしたが周辺の人たちも含めて政府の責任を追及されないように持ち出してきた言説だと私は理解しています。全くの私見ですが、官邸は今ほどには普及していなかったネットをおおいに利用して「工作員」を使ってこの言説を広めたのではないかと思います。
危険地域だと政府が警告を出しているところに勝手に行ったのだから、誘拐されても自分でなんとかするべきだ、政府に助けを求めるなどおかしいとする言説が一気に広まりました。
最終的には解放されて帰国しましたが、かなりのバッシングにあったようです。
国民を守るのは国家の義務という国家論が吹っ飛んで「自己責任」という言葉だけが残りました。
それからは、何かというと「自己責任」という言葉が飛び交う。「みんな、あんたのせい。うちらは関係ない」とするのには実に都合がいい言葉です。

自己責任というのは、同じスタートラインに立ち前提条件も同じ状態で競争するならわかりますが、就職氷河期のようにスタートの状況も前提条件も違うのに「自分の努力が足りない」というのはおかししくないですか?
階級社会にしても、東京大学の何割か忘れましたが、かなりの高率で親の年収が高い層です。親の年収は自己責任ですか?人は生まれる環境を選んで生まれることはできません。
その日食べるのがやっとという状態の人と親があれこれ面倒をみてくれて衣食住すべてに満ち足りている人とでは勉強する環境も随分違いますから、差がつくのは当たり前でしょう。自分の努力が足りないせいではありません。
自己責任を言うのであれば、スタートラインを整備してせめて生まれた環境に左右されず勉強したり人間性を磨ける場を作ってあげることが必要ではないかなと思いました。

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