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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

東日本大震災より9年

 9年前の3月11日のことは忘れることができません。
被災された方々の9年間は本当にご苦労の多い月日であったことと思います。
それから、局地的に地震や水害などが増えて、明日は我が身かもしれないと心のどっかで緊張感を持ちつつ生活するようになりました。
そして、今般は、自然災害ではないウイルスの襲来、そうきたかという思いと、随分前に読んだ本に出ていた人間の歴史の中で、ウィルスが意外と様々な局面をつくっていると書いてあったことを思い出しています。
私は、震災で直接の被害があったわけではありませんが、その後の原発事故の恐ろしさ、計画停電や、駅のエスカレーターが止まったこと、ガソリンがなくなりしばらく車なしの生活となったこと、スーパ―の棚から日常よく買っていた食品が消えたことなど、いろいろと初めて体験することがありました。

 原発事故が起きたときは、西日本に逃げなくてはいけなくなるんだろうかとも思いました。
あのときも確かマスクが足りなくなったように思います。
それで、その後に世の中が落ち着き、マスクもたくさんお店に並ぶようになってから、箱で買ったり、新しいタイプのマスクなどがあると何となく買ったりしていました。
私は生まれてこのかた、インフルエンザにかかったことがなく風邪もめったにひかず、花粉症もスギではなく、別のアレルギーがあるようなのですが、そんなに大したことがないのでマスクもほとんど使わないですんでいました。
というわけで、無意識のうちにマスクが我が家に「備蓄」されていたのですが、このたびの新型コロナ感染症対策で、都内に毎日電車で通勤する親族にあらかたあげました。
なんでも「備蓄」は役立つものです。

マスクは無意識の「備蓄」でしたが、東日本大震災で私が学んだことは、食料や洗剤などの日用品のストックを準備しておくということです。
震災で物流がとどこおり、いつも当たり前にあった食料品や雑貨品がスーパーから消え、人々が殺気だって買い物をしている、そんな中に入るのがすごく嫌でした。
それで、最低限、米、味噌、醤油、塩をはじめとしてそば、パスタ、バターやよく使う調味料、洗剤、歯磨き粉などは、常に一つは必ず余分があるようにして、一つなくなったら一つ買うという感じで家にあるようにしています。
も少しは学ばせていただいたというわけです。
学んだというか、感じたということになるでしょうか。感じることは大事です。自分の感性は大切にしたいと思います。
震災が起きた時刻には、静かに黙祷をささげたいと思います。

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