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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

「賃金とは何か」を読む(1)

社労士試験の勉強をしていた時、職務給と職能給の違いが何となく曖昧でした。他の科目を勉強するのが精一杯で、多分出ないだろう(そうあってほしい)と深く勉強せずにそのままになっていました。


さすがに、社労士の看板を出した以上賃金制度はしっかり勉強しなくてはと、このところその関係の本をいろいろ読んでいます。


「賃金とは何か」楠田丘著 中央経済社)は日本における職能給を最初に考案した方の「来し方行く末を考える」的なインタビュー形式の読みやすい賃金についての解説本です。


著者楠田氏は大正12年、熊本県の出身です。青春時代は太宰治に心酔し舞台役者を夢見る文学少年でした。父親に「人間、苦手なことに挑戦するのが偉いんだ」と言われ、その気になってそれまで見向きもしなかった数学の勉強を始めます。


やりだすと面白くなり旧制中学を卒業する頃には数学漬けの毎日を送ります。時は戦争真っ只中、目の前にあるのは徴兵であり軍隊でした。明日生きられるかもわからない。将来何になるかなんて考えもしなかったそうです。広島文理大に進んだ氏は原爆にも遭います。広島文理大が倒壊し九州大学に移り統計学を勉強します。


戦後、恩師の紹介で労働省に就職し昭和23年に上京します。今で言えばキャリア官僚ということでしょうが、当時は官舎もなく、しばらく労働省の建物の屋上のサイレン塔に寝泊りしていたというから驚きです。


昭和25年ごろ賃金制度の勉強をするためGHQ(アメリカの占領軍)本部に通います。大学の先生、労組関係者、企業の経営者などといっしょにアメリカの賃金制度について、女性将校からみっちり教え込まれます。そこで、楠田氏は初めて「仕事給」または、「職務給」という概念を知ることになるのです。


今、「戦後レジームからの脱却」などと声高に叫ぶ人たちがいます。このような話を読むと、当時の日本人がアメリカの占領を受け容れ、そこから何かを学ぼうとする意欲、戦争に明け暮れたいやな時代でなく、新しい日本を作りたいという息吹のようなものが伝わってきます。


くだんの人々は「憲法も押し付けられた」と主張しています。しかし、憲法起草には日本の憲法学者が深く関与していますし、当時の一般庶民は「戦争をしない国になった」と言ってとても喜んだということが、体験談として語られています。


大正から昭和の第二次大戦が終わるまでの間は、現代日本の礎ともいえる時代ですが、歴史の時間にあまり教わった記憶がありません。あまりにも歴史の教科書が分厚くて、そこまでいかないか、最後にすっ飛ばして終わってしまうからです。どうにかならないものかと思います。


歴史というものは、様々な角度から検証しないと真実は見えてきません。特に時の権力者が歴史を持ち出した時は、彼らにとって都合のいいことだけピックアップしていないか注意が必要だと思います。


何やら脱線してしまいましたが、「職務給」を初めて知った楠田氏がその後どうなるかは、また明日書きたいと思います。

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