FC2ブログ

おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる14年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

最後まで「心に言葉が届かなかった人」 安倍首相辞任雑感

昨日は不可解なニュースが二つありました。


朝、長年相撲放送を中継し、退職後は相撲についていろいろ述べていた「相撲ジャーナリスト」的な元NHKアナウンサーの方が、相撲協会からいわゆるIDカードを取り上げられ「出入り禁止」とされたという報道をテレビで見ました。


それについて私は、相撲協会がどうとかというより世間一般の話として、いろいろ感ずるところがあったのですが、今朝、いったん返納したカードをまた再交付してもらったとご本人が語っているのをテレビで見ました。「何だったの?」というところで、よくわかりません。


午後になって二つ目の不可解なニュース「安倍首相辞任」がありました。

我が事務所にはテレビを置いていないので、たまたまつけたラジオで第一報を聴いたのですが、「へえー、何で今頃?」というのが最初の感想です。


参院選で歴史的大敗をしたのに、辞任のジの字もなく続投して、内閣改造して、所信表明演説をして、それに対する質問を受けるまさにその直前に辞任とは、びっくりというか、あきれるというか、それを通り越して哀れというか、何とも言えませんね。


テレビで民主党の議員が「究極のドタキャン」と言っているのを見て笑ってしまいました。


一国の総理大臣の語る言葉というのは、メディアでさかんに報道されます。「美しい国日本」「戦後レジームからの脱却」から始まった彼の言葉は随分報道されたはずなのですが、私には「言葉が心に届いてこない」という印象しかありません。


例の「カメラ目線」というものを初めてテレビで目にした時は、強烈な違和感を感じました。誰かに何かを質問されたら、その人の顔や目を見て答えるのが自然だし、自分の意図することをわかってもらおうとすれば、否応なくそういう態度になるものだと思うのですが、彼はカメラという無機質な機械に向かって語っている。


その向こうにいるたくさんの国民を意識しているのでしょうが、私には不自然としか思えませんでした。「変だよー、これは!」とテレビに向かって思わず叫んでしまいましたから。


小泉前首相は良し悪し、好き嫌いは別として言葉が届いてきたと思います。だからこそ「彼は結局パフォーマンスだけなんだ」とか「ヒトラーも最初は大衆の圧倒的支持を得てそのうち強権を発動するようになったんだよね」などと、彼の語る言葉を通して、いろいろ感じたり考えたりすることができたのだと思います。


安倍首相が語る言葉で、私が何かを深く考えたり、何かを感じたりしたことは一度もありませんでした。「この人日本語しゃべってるよね」と思いつつ聞いたこともありました。


彼には政治家にとって最も必要とされる「言葉」が獲得されていなかったんではないか。そういう修練も積んでいなかったのではないか、結局彼は総理の器ではなかったのかもしれない、と思います。というより政治家になるべき人ではなかったのかもしれないですね。


そういう話になると、大物政治家の血筋だからと簡単に選挙に勝ってしまい、とんとん拍子に党内でも出世してしまうということを許容する国民も悪いという話にいつもなるのですが、私自身は選挙区が違うので彼に投票したこともないしなあと、これもまたいつものパターンで考えてしまいます。


「いつも言葉が心に届かなかった人」、最後ぐらい自分の普段着の言葉で思い切りぶちまけて辞めたら、それはそれで批判を浴びるのでしょうが、私にはまだそっちの方が好感が持てたかもしれません。彼の辞任会見も、私には理解できなかったというのが正直な感想です。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する