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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

「尊厳ある労働」について企業は考えるべき。

経済評論家の内橋克人氏については、以前その著書について当ブログで紹介したことがありました。(過去記事参照)

時の政権におもねったり、その時の社会の空気で言うことをころころ変えたりする「評論家」が多い中、内橋氏は常に一貫して社会の全ての人々が共により良く生きるにはどうしたらよいか、という視点で発言を続けています。

私は氏に共感することも多く、注目している方の1人です。

今日の朝日新聞の朝刊で、先日のマクドナルドの店長が「偽装管理職」であるとした判決について言及しています。

「偽装管理職」について、氏は「支払うべき労働の対価を支払わずに済ませる、知的練磨にたけた「姑息術」」であり、「働き方の多様化」なる言葉は虚妄であり、「働かせ方の多様化」であると喝破しています。

 

マクドナルド事件の原告高野氏の勇気が「ディーセント・ワーク(尊厳ある労働)」への道を拓くとしています。

「尊厳ある労働」とはどういうものだろうかと考えました。

その対極にあるのは、「奴隷労働」だろうか。

古代ギリシャでは奴隷は人ではなく、牛や馬と同じだと考えられていたと言われます。ですから、デモクラシーを語る哲学者たちに奴隷を使うということに対する「矛盾」はありませんでした。

 

「尊厳ある労働」とは労働する人を人間として処遇するところからスタートしなければなりません。人間なら働き過ぎれば疲れるし、グサグサ神経にさわるようなことを言われれば心が傷つくし、何よりも働きに見合った対価を得るのは当たり前ですよね。(牛や馬だって、疲れたり、傷つくのはいっしょかなあ)

そして、日々自分が認められ大切にされているという実感を持てれば、幸せな気分になるのが「人間」だと思います。

 

企業は利潤を追求するという目的がありますし、そのために人を雇うわけですから、なるべく安上がりに済ませたいと思うのはわからないではないですが、長い目で見れば、ただ人を安く使うことばかり考えているような会社には人材は集まらないと思います。

 

若年世代の減少により、今後確実に労働力人口は減少します。

その時、「尊厳ある労働」ができる会社とそうでない会社とでは大きな差がつくのではないかなと思います。企業は「人を雇って働かせる」とはどういうことなのかという、一種の哲学を明確にしていかないと、生き残れないのではないかと感じました。

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