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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

子どもはどんな環境でも伸びていく芽を持っている。映画「ぜんぶフィデルのせい」

「私には皆様の大切なお子様をお預かりして、お子様の能力を伸ばそうとか、何かを変えようとか、そんな力はありません。ただ、ただ、お子様の伸びようとする芽を摘まないように、それだけをこころがけたいと思っております」

以上は、娘が小学校3~4年生の時お世話になった担任の先生が、最初の保護者会でおっしゃったことです。

いい先生だなあと思いました。息子と娘の子育てを通じて多くの「教師」を見る機会がありました。「うんちくタレオ、タレコ」とも呼ぶべき、人に何かを「教えたがり」「変えたがり」がとても多い中で、謙虚に「教育とは何か」を自覚していらっしゃる方だと思いました。

ちょうどその頃の娘と同じ年頃の女の子が主人公のフランス映画「ぜんぶフィデルのせい」を観ました。

時は、1970年、ヒロイン、アンナは、弁護士の父、人気女性雑誌の花形記者の母、可愛い弟と、何不自由のない楽しい生活を送っていました。

父はスペイン貴族の出身ですが、当時のフランコ独裁政権に反対してフランスに亡命してきたという過去があります。祖国に残って闘っていた父の姉が同士である夫を亡くし、アンナと同じ年頃の娘を連れてフランスにやってきた頃から、アンナ一家の生活が変わり始めます。

 

祖国で闘わずして逃げ出したという負い目のある父が、南米チリでの反政府運動を支援したりするようになり、やがて両親が「コミュニスト(共産主義者)」となって・・・。

「祖国を追われたのは、全部フィデル(キューバ革命の指導者カストロ)のせい」と、盛んにアンナに教えていた反共産主義の乳母はいなくなり、代わりに当時のギリシアで反政府運動をしたため捕らえられた夫を持つ女性が乳母になり、一家も庭のあるゆったりした家から、狭いアパート暮らしへと変わり・・・。

 

これから観る方もいらっしゃるかもしれないので、あらすじはこのぐらいにしたいと思うのですが、両親の都合でどんどん生活が変えられてしまうヒロインは、映画の中で相当な「仏頂面」をしています。様々な抵抗を試みもします。それでも、自宅に出入りする様々な人々に触れ、乳母を通じて異文化に触れ、少しづつ成長する様が「にわかコミュニスト」の両親をかなりパロディー化しつつ、一人の少女の成長物語として描かれています。

 

子どもは親を選べない、ということは育つ環境も選べないのですが、自分自身で伸びていく芽は持っている、というメッセージを発しているように、私には思えました。

ギリシア人の乳母が「全てはカオス(混沌)が始まり」と神話を話して聞かせる場面がありましたが、それがラストシーンへつながるキーワードかなと感じました。

 

それにしても、「革命」という言葉は随分遠くなりました。あの時代の空気をリアルタイムで知っている私って・・・。年をとったなあと、別の意味での感慨も持った映画でした。

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