FC2ブログ

おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

主体的に働くことが難しい? 「派遣」という働き方

私は生きることと労働することはセットになっていると思います。

心身の具合が悪い場合や、保護が必要な成人する前を除いて、生きることは労働すること、労働することは生きること、そんなふうに思います。(もちろん「金を稼ぐ」という狭い範囲の労働ではなくもっと広義の労働です)

そうであるならば、それは常に主体性を持って行われなければなりません。

自分の人生を生きるのは誰でもない自分なのですから、生きることとセットになっている労働は主体的に行われてこそ、その人の力となり人生の実になっていくのだと思います。

秋葉原通り魔事件の犯人の青年は派遣社員だったと報道されています。

報道を見る限りでは、心ならずも派遣社員になっていたようにも思われます。

当ブログで度々派遣法について批判している私ですが、具体的な現場を知っているわけではありません。メディアや書籍などで自分で仕入れた情報をもとに考えて発言しているわけです。

今般、秋葉原事件の犯人の話をテレビ、新聞などで見て、実際の派遣の現場はこんなで、働いている人はこんな風なのかなあとかなり具体的に想像をめぐらせることができました。

もちろん、それはごく一部のことでそれで全てを決めるべきではないと思いますが、考えるための参考にはなりました。

 

彼は昨年秋から現在の派遣先に派遣されて働いていましたが、200人いた派遣社員を50人に減らすという話を聞きます。

これはすごいことですよね。

正規雇用の社員であれば、そんなことはまず不可能でしょう。「解雇」そのものも1人解雇するのにも、それ相当の理由が必要ですし、経営上の理由ですから「整理解雇」ということになり、さらに厳しく要件を問われます。まして150人もの解雇なんてほとんどあり得ないという世界です。

でも、派遣社員であれば派遣先会社には雇用関係のない「派遣元の社員」ですから、簡単に「もう来なくていいです」と言えてしまうんですね。それで、仕事がなくなる派遣社員のことは「他社の人」なのだから、「そっちでどうにかするんでしょ。そのための派遣社員なんだから」と考えているのでしょう。

 

派遣は「人」ではなく、労働力そのものを得るためのものですから、それは法律的には間違いではないし、この国のどこでも起きていることなのでしょう。

派遣先会社に断られたとしても派遣元との雇用関係は続くわけですから、別の派遣先を探してもらって、新しい派遣先に行けばそれでよいのでは?

元来、「派遣」とはそういうもの。という考えは彼にはなく自分が否定されたと考えてしまったようです。

〔管理人注〕 午前中に派遣会社について以上のように書きましたが、その後気になって調べてみましたら、重大な事実誤認をしていました。

登録型の派遣社員(一般労働者派遣)というのは、登録しているだけでは派遣元と雇用関係を有さず、派遣先が決まったらその派遣期間だけ派遣元会社と雇用関係を有します。従って、派遣先から派遣を断られると、すぐに次の派遣先が見つかればよいですが、見つからないとその社員は失業状態となってしまうんですね。とても不安定な制度です。

 

子供時代から「切れる」ことがあり、中学時代までは優等生だったけれど、優等生が集まる地元のエリート高校に行ったら目立たなくなり、成績も大したことがなくなってしまった。

高校時代からの積もり積もった「自分を認めてほしいのに誰も認めてくれない」という鬱積した思いが、「派遣」という究極の人を人とも思わないで搾取するだけの現場で増殖され、爆発してしまったんでしょうか。

人生の目的は「人に認められること」なんかじゃない。自分が主体性を持って生きること、自分を律することこそが精神の自由を得ることにつながる、それこそが幸せなんだ、そうすれば、自然と回りにも認められると、教えてくれる大人が回りにいなかったのかなあと、残念です。

 

派遣社員でも現状を理解して主体的に働いている方はたくさんいるでしょうが、なかなか難しいのだろうなとあらためて感じました。

 事件では、多くの方が理不尽に人生を奪われました。とても悲しく胸が痛むとしか言えません。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する