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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

「教育熱心」ということ。

昨日の記事で育児休業について書きましたが、世間を騒がすような事件が起きて、犯人が比較的若い人だったりすると、この人はどういうふうに育てられたんだろうということに興味がいきます。

何かしら家庭内に問題があったりする場合もありますが、その程度のことならどこの家庭だってあるよと言う程度の問題であったりすることも多いですね。

今、メディアでは秋葉原で事件を起こした青年について、いろいろと報道しています。

親は教育熱心だったと言われています。

多くの場合「教育熱心」というと、塾や習い事をたくさんさせるとか、学校の勉強ができるように親がいろいろサポートすることを熱心にやるという意味で使われます。

本当の意味での「教育」というのは、ひとりの独立した人間を育てることだと思います。

社会の中で自立して生きていく力を持たせることが「教育」だと私は思います。

1人の人間として自立するためには、その精神に自信と誇りがなければならないと私は考えます。

学校の勉強ができればある種の自信と誇りは持てるかもしれません。でも、それは相対的なものでもろいものです。

 

事実、くだんの青年は中学までは勉強がよくできたそうですが、レベルの高い高校へ進学してから目立たなくなってしまったと報道されています。それは随分彼の心に影を落としたらしい様子が彼の携帯サイトへの書き込みでもわかります。

学校の勉強ができるということに自信と誇りを見出していると、あっけなくくずれることもあるわけです。

彼が「自分が自分であることに自信と誇りを見出す」ことができていたら、事件は起きなかったんではないかと思います。

あるがままの自分を受け容れ、見守り「それでいいんだよ」と言ってくれる人がいたら違う結果になっていたかもしれません。

 

子供を育てるというのは難しいものです。

なかなか親の意図する方向になんかいかないものです。

でも、その子の存在そのものが親にとってかけがえのないものなんだと伝えることができたら、子供はそんなに悪い方向へは行かないんではないかなと思います。

今日はとりとめのない文章になってしまいましたが、秋葉原の事件は私にとっていろいろな意味で衝撃でしたし、犯人の青年のちょうど親世代にあたる私としては、「教育」とは何だろうと考えずにはいられませんでした。

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