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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる13年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

衆院の解散はいつになるんだろうと思うこの頃

麻生首相が「衆議院の解散を決めるのは私ですから」

と言うたびにひっかかりを感じていました。

はて、内閣総理大臣の権能の中に「衆議院解散権」なんてあったっけか?

最近は労働法一辺倒で久しく憲法に関する本も読んでいませんでしたが、もう一度憲法を読んでみました。

まず、解散とは議員の任期満了前に議員全員の身分を失わせることをいい、衆議院のみ行われます。

憲法の規定では、解散は内閣の助言と承認による国事行為として天皇が行います。(第7条)

また、69条では「内閣は」衆議院で不信任決議案を可決されるか、信任決議案を否決されたとき、要するに「だめ出し」された時には解散されない限り総辞職をするとあります。

天皇は国民統合の象徴であり、「国政に関する権能を有しない」(第4条)ので、形式的に解散詔書を発するだけと考えられますから、解散決定権は実質的には内閣にあると考えられます。

憲法上に規定のある内閣総理大臣の権能としては、国務大臣の任免(憲法68条)、内閣を代表すること(72条)、法律、政令に対する署名又は連署(74条)、国務大臣の訴追に対する同意権(75条)などがあります。

「衆議院の解散」については直接総理大臣の権能とはなっていないんですね。

ただ、総理大臣の内閣における地位は、内閣の構成員である国務大臣の任免権を持っていますから非常に高いわけです。「いついつ解散したい」と閣議で表明してそれに逆らう大臣がいたら罷免できるわけですから、実質的には総理大臣が決めることになるのかもしれませんが、私としては現総理の「俺が決める」的な表現にはひっかかりを感じますね。

「この人憲法読んでるのかな」と思ってしまいます。

 

くしくも、現総理の祖父にあたる吉田茂内閣が1952年の8月28日に国会での不信任決議を経ず、閣議決定のみで「抜き打ちに」衆議院を解散したことに対する是非を問う判例があります。(東京高裁判昭和29.9.22苫米地事件)

解散により、議員の職を失った苫米地(トマベチ)氏が憲法第7条のみによる解散は違憲だとして提訴したものです。

一審の東京地裁では、「解散権の所在」について、「純理論的には」「主権を有する総体としての国民の外あり得ない」とする考え方を示し、その判断は政治的裁量に委ねたものと解釈しています。しかし、この事案では閣議決定が適法ではなかったとして、原告の訴えを容認したため国側が控訴しました。

 

高裁では、「解散権の所在と要件」については一審と同様としましたが、閣議決定が行われているとして解散は有効であるとしました。

この事件は最高裁までいきましたが、結局原告の主張は認められませんでした。最高裁では、「極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為」として違憲か否かの判断を避けています。

 

麻生首相の「私が決める」発言から、随分話がずれてしまいましたが、法律関係の本は読み出すときりがないですね。

私としては、テレビで首相が写るたびに、

「さっさと解散しなよ」と心の中で言っています。

経済だけではなく、年金、医療(医師不足等も含めて)、介護、食料自給の問題など、この国の行く末を決めるべき問題が目白押しの時に、国民の信任を得ていない総理大臣にうろうろしてほしくないからです。

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