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おばさん社労士の発信基地 きぼうという名の事務所です。

開業してからまる14年「発信する社労士」を目指して「独立独歩」「自主自立」の活動をつづるブログです。

映画「ラースとその彼女」を観る

今日から仕事始めの方も多いと思います。当事務所も今日から仕事始めです。

あらためまして、今年もどうぞよろしくお願い致します。

今日はのんびりとあれこれ今後の仕事の整理など考えようと思っていたのですが、暮れも押し迫った先月の30日に先輩会員から

「1月5日の年金相談代わってくれない?」

との電話があり、特に予定を入れていなかったので、「まあ、いいか」とOKしたため午後から車で20分ほどの所にある区役所に行くことになりました。

というわけで今日はちょっと気ぜわしいということもあり、世の中いろいろと重い話題が多いのですが、仕事始めは軽い話題から入りたいと思います。

お正月に観た「ラースとその彼女」という映画について書いてみたいと思います。

舞台はアメリカの片田舎の小さな街。兄夫婦が住む実家(両親はもう故人)の敷地内のガレージを改築して一人暮らしをしている27歳の会社員ラースが主人公です。

心優しく人に思いやりのある彼は街の人からも好感を持たれていますが、内気で人と深くつき合うのが苦手。特に女性とのつき合いができません。

彼に好意を寄せる同僚女性の気持ちはわかっているけれど、いつも逃げてしまいます。そんな彼を心配する兄の妻カリンは何くれとなく面倒をみようとするのですが、なかなかラースとの距離は縮まりません。

 

そんなある日、ラースが兄夫婦に「彼女を紹介したい」と言ってきます。

「まあ、良かった! 」、「普段おとなしいけどなかなかアイツもやるね」

と小躍りして喜ぶ兄夫婦。

しかし、その彼女の「正体」は等身大の美人の人形「ビアンカ」だったのです。ショックを受ける兄夫婦。

「これは彼の作り出した妄想だから、気長につき合うのがよい」

というドクターのアドバイスを受け容れて、心優しい街の人々も巻き込んだ騒動が始まります。歩けない「ビアンカ」のために車椅子を用意し、教会にも連れて行くラースに調子を合わせ、街のコミュニティの一員として「ビアンカ」を扱うのです。

 

映画の中で何故彼がそんな妄想を抱くようになったのかということも明らかになるのですが、これから観る方もいらっしゃるでしょうから、荒筋はこの辺にしておきます。

ビアンカを媒介としてラースは人とコミュニケーションをとることの楽しさを学び、トラウマを克服して再生へと向かうのですが、兄夫婦をはじめとして街の人たちが実に優しいんですね。

的確なアドバイスをする女性ドクターも素晴らしいけれど、傷ついたラースの心を癒すのはやはり街の人々の優しさかなと思いました。

 

人形を「彼女」だとするラースに対する偏見に対して、「たいしたことじゃない」、「だって、あなたの従兄弟だって猫に服を着せているじゃない」

といい放つ頼れるおばちゃんがいるんですが、人生経験豊かなおばちゃんの良さを遺憾なく発揮していて見事だなあと思います。

大なり小なり誰だってそういうことはあるということだと思うのですが、

「病んだ人に対してイエスはどうされたか考えることだ」

と言ったおじいちゃんも私は印象深かったです。

アメリカの田舎では、まだこういう宗教を規範とする道徳観のようなものが根強く残っているんでしょうか。

こんな話あるわけないと言ってしまえばそれまでですが、「いい人しか出てこない」一見単純でおとぎ話的な映画でも、私には考えさせられることの多い映画でした。

 

映画とは関係ありませんが、映画を観るために久し振りに渋谷に行きましたが、すごいにぎわいでびっくりしました。しかも若い、どちらかというと「お子ちゃま」とも言える人達ばかりで、私が若い頃のちょっと個性的なおしゃれをした小粋な大人の街は今いずこという感じで、ちょっぴり寂しかったです。

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